2017年7月13日木曜日

2012年7月:定年退職目前に北海道旅行へ:13日目②宗谷岬⇒オホーツクライン

稚内公園からこの日の最大の目的地『宗谷岬』に立ちました。『日本最北端の地』。この歩は視界が悪く樺太は見えませんが、やっぱり感慨深いです。函館と稚内は立寄れば日程がきつく成りますが、やっぱり来て良かったと実感しました。
『日本最北端の地の碑』の東側、50メートルほどの所に『宗谷岬』の歌碑が有りました。ダ・カーポが歌ってヒットした名曲です。でも、知りませんでした。ダ・カーポはカバーしていて別の人が先にレコードを出していたとは。
宗谷岬、当然の事でしょうが、『最北端の宿』『最北端のみやげもの屋』『食堂最北端』。『最北端』を謳い文句のお店が並んでました。
宗谷岬の西側に『宗谷岬神社』が在りました。「最北端の神社か?」でも違うらしい。最北端 の神社は『北門神社』になるらしい。宮司さんのいらっしゃる神社でないと神社とは見做さないのでしょうか?私的には『宗谷岬神社』が最北端です。
宗谷岬に来て、天気が良ければ見える筈の戦前は日本だった『南樺太』。
宗谷岬にも有る平和のモニュメント。『大韓航空機撃墜事件』の遭難者の慰霊の『祈りの塔』。欧州人で初めて宗谷海峡を通過した『ラ・ペルーズ顕彰記念碑』。稚内では明治年代の建築物で現存する唯一建物の『旧海軍望楼』。
宗谷岬の高台から『日本最北端の地の碑』を眺めました。
オホーツクラインを南下して『道の駅さるふつ公園』へ。この日は1珍しく早めの昼食でした。11時半に『レストラン風雪』に入りました。ホタテが名物との事で『ホタテバター焼き定食」と『ホタテフライの定食』。濃いピンクの花が印象的。
『道の駅さるふつ公園』の石の塊の様なモノ。『ほたて化石群』ですって。約4000年前。約40トン。
『道の駅さるふつ公園』道を隔てた反対側に在った『インディギルカ号 遭難者慰霊碑』。昭和14年、旧ソ連の貨客船「インディギルカ号」が転覆。失われた700名以上の貴い命を悼み昭和46年に建立。村民総出で約400人を救出した。
クッチャロ湖の西側に小高い丘が在ったので寄り道しました。『クローバの丘 幸福の鐘』でした。丘からはクッチャロ湖のパノラマ風景が広がってました。鐘の横の石碑には『翔』の一文字。
クッチャロ湖の畔に擦文時代の遺蹟が有りました。と言うか、『擦文時代』という言葉、私は勉強不足でこの時に初めて知りました。本州の『飛鳥時代から鎌倉時代後半』にかけての文化とか。その時代に『竪穴住居』の遺蹟と言うと・・・。
クッチャロ湖、『第49回クッチャロ 湖水まつり』。大勢の人で賑わってました。但し、私達はもう少し先に進む必要が有りました。
『クッチャロ湖』から東へ。『ベニヤ原生花園』に寄りました。遊歩道を歩いてドライブ疲れを癒しました。印象的な『エゾニュウ』の花。
菓子パン『シベリア』。羊羹が餡の代わりに入っている。気に入って北海道に居る間は朝食に好んで買いました。『しっとりやわらかなカステラと羊羹の上品な味わい』と包装袋に印刷されてました。何故か大阪ではお目に掛かれないです。
トイレ休憩で立ち寄ったユニークな道の駅。オホーツク海を航行する船をイメージした『マリーンアイランド岡島』。飛行船をイメージして空中に浮いたようなデザインの展望台がある『道の駅おうむ(雄武)』。
この日も車中泊をしました。『ホテルリム(森夢)』で日帰り入浴と夕食を摂りました。夕食は『ザンギ定食』。「鶏の唐揚げと一緒やん」が私の感想です。


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